芸術と設計|ミニマリストがアートとデザインの違いや関係性を真剣に考えてみる

創造

2024.09.05

アートとデザインの違いや関係性イメージ画像

私はクリエイティブ業界で働いているのもあり、アートやデザインについて考える時間が多いのですがSNSでもよくアートデザイン論争が巻き起こっているのを目にします。アートとデザインは似たようなものと捉えられている印象がありますが、実は全く反対方向に位置しているのではないかと私は思っています。

初めに言っておくとモノの見方は人それぞれでありこれは私の見解であるということをご理解ください。デザイナーであり、表現者でもある私がアートとデザインの関係性を真剣に考えてみます。

目次

  1. デザインは問題解決の手法であり、アートは問題提起である
  2. アートとデザインは反発しあう関係
  3. 構想はアートで、表層はデザイン

1. デザインは問題解決の手法であり、アートは問題提起である

まずは本記事におけるデザインとアートの違いの定義ですが、私はデザインは問題解決の手段でアートは問題提起であると考えています。

デザインの定義

デザインと聞くとロゴやグラフィックデザインなどのビジュアル面のイメージが強いと思いますが、必ずしもそうではありません。デザインは日本語にすると”設計”なので、本当はもっとロジカルで硬いイメージなのです。

デザインのイメージを私なりの解釈で別の言葉に言い換えてみます。

  • 理性
  • 客観
  • 左脳
  • 具体

こんな感じで視覚的な美しさの話ではなくて、“問題を解決するために機能するもの”を作ることです。問題がすでにあって、その問題を解決するために設計することをデザインと呼んでいます。つまり問題を解決する手法となります。

そしてこの考えは至る所にあって、例えば道路を作ることもデザインだし、建築もデザイン、舞台構成やダンスのレッスンもある意味デザインだと考えています。

アートの定義

アートは視覚的に美しいとか感性を揺さぶるとかそういうイメージがありますが、これも少し違うと考えています。もちろんその要素もあるのですが、私は問題を作ることをアートと定義しています。

例えば音楽家や画家、彫刻家などアーティストと呼ばれる人なども社会問題へのメッセージや主観的な想いから問いを立てていることがわかります。そしてアーティスト達が時間をかけてたどり着いた問いや思考に価値や意味が出るのです。

アートのイメージを私なりの解釈で別の言葉に言い換えてみます。

  • 感性
  • 主観
  • 右脳
  • 抽象

こんな感じで、“主観的な気持ちや喜怒哀楽や直感から生まれる問い”をアートだと思っていて、そしてこれは必ずしも受け取り手に正しく伝わる必要はないものと考えています。同じ作品でもみる人によっては気分を悪くしたり泣いたり笑ったりするかもしれません。でもこれはアーティストにとって至福の瞬間なのかもしれません。

2. アートとデザインは反発しあう関係

そう考えると混合されがちに考えられている”アート”と”デザイン”は反発し合う関係なのではないかと私は考えています。ただ、じゃあアートとデザインは共存できないのかといわれればそんな極端な話ではなくて用途や状況によって使い分けるという方法があります。

デザインを意識するタイミング

私はデザインは様々な制約があるからこそ成り立つものだと思っています。例えば予算や納期や人員、スキルや技術や方針などがこれにあたります。このバランスを見ながら“制約の中で機能する最適解”を導き出すのがデザイナーとしての責務だと考えています。

そう考えた時に、自分なりのデザインを意識するタイミングは以下となります。

  • クライアントワーク
  • 金銭面の制約がある場合
  • 大多数に理解しやすく伝えなければならない場合

このようなケースの場合はデザインを意識しています。先ほどの話でいうと、理性や客観、左脳を使ってロジカルに物事を見るタイミングとなります。そうしないと実現不可能なデザインをしてしまったり、お客さんに振り回されたり、クオリティは高いけど売り上げが上がらないデザインになってしまったりします。何を捨てるのかというところも大切です。

もちろんデザインのクオリティ自体を高めていくことが良くないということではありませんが、デザインをするならどうしても制約的問題は考慮しなくてはならないと私は思っています。

アートを意識するタイミング

アートを意識するタイミングは少し雑な言い方になるかもしれませんが、“個人の活動で自分がよければなんでも良い”という解釈でいます。ただその代わり先ほどお話しした制約もなければ論理で考える必要もないのです。つまり自由度が凄く高い場合です。

  • 個人創作
  • 金銭面は考えなくても良いとき
  • 少数にだけ伝えられれば良い場合

自分の感性で何かを作るときは、当たり前ですが好きなものを作ります。自分が作りたいから作る、自分がやりたいからやる。そんなイメージです。

ただ、アートはお金になるとか大人数に届いて欲しいとかそういう話とは別に考えた方が良いと考えていて、自分のやりたいようにやっていたら後天的に価値や意味が出てくるものだと思っています。そこに客観や理性は必要なくて、あくまで主観的であり個人の感性の話です。

なので個人制作や金銭面の制約がない場合でいわゆる、わかる人にだけわかってくれれば良いというケースで私はアートを意識します。

アートとデザインの調和

その一見して反発し合うアートとデザインもバランスをとることにより心地よく調和することも可能だと思っています。例えば、アーティスト寄りのデザイナーというのも世の中にはいます。

ただ与えられた問題を解決するだけではなく、「この人にお願いしたい」「この人の感性が好きだ」「この人が作ってくれるなら全てお任せしたい」などという理由でデザインをお願いされるケースです。ただのビジネス関係ではなくてそこに感情が乗っていることがわかります。

これは人ベースでの話ですが、イラストや映像作品やロゴ、舞台作品やプロダクトなどの成果物でも考え方は同じです。Webのデザインで例えると、顧客の要望や抱えている課題を最低限デザインで解決した上で、直感的で気持ちの良いモーションや崩したレイアウトをアートとして加えるイメージです。

私はダンスインストラクターでもあるので振付師的な目線で見ると、人数や公演までの期間内に見てくれる人の目線に立って作品を仕上げるのは”デザイン”であり、そこに個人の感情や遊び心やエンターテイメントである”アート”を付け加えてバランスをとったりします。踊りはどちらかというとアート寄りだとは思いますが、デザインの目線もあると考えています。

そしてこのデザインとアートのバランスを条件によって調和させることが、いわゆる良いアウトプットにつながるのでは無いかと思っています。

構想はアートで、表層はデザインする

私の考えですが、こんなケースもとても面白いと思います。それは、ぱっと見はとても合理的だけど芯には哲学やアートが感じられるものです。わかりやすい企業でいうとAppleなどが該当すると考えています。Appleのミッションは、

「革新的な製品、サービス、ソリューションを通じて、顧客の創造的な可能性を最大限に引き出すこと」

として掲げています。これは抽象的なアート思考ですが、実際のアウトプットであるmacやiPhoneは非常にロジカルかつシンプルにデザインされている製品だということがわかります。人で例えると創業者のスティーブ・ジョブズはアート、共同設立者で天才エンジニアであるスティーブ・ウォズニアックはデザインすることにより調和をとっていたということです。

つまり企画や構想はアートで考えるが、そのままでは伝わりにくいし理解できない人が多くなってしまうためデザインによってわかりやすく整えるというパターンです。

解決しなくてはいけない問題が少なくなってきて、問いが希少化している現代においてアート思考で問いを立てる能力も大事ですが、それを客観的に届けやすくするデザイン思考も必要であると感じています。そして逆にとにかく便利さや使いやすさを重視した、だだ顧客の問題を解決するためだけのデザインもAIなどの発展によりこれからの時代は少なくなっていくのでは無いかと私は考えています。

まとめ

今回はデザイナーであり表現者である私がデザインとアートの関係性や違いについて自分なりの考えを書いてきました。デザインとアートは相反する事柄であると思っていますが、その調和をとることにより良い作品や良いアウトプットが生まれると考えています。

そして私は余白の時間を作ることによって表現者を増やしたいと考えていて、アートは個人活動であって、暇な余白の時間や思考の時間にこそ人間本来のクリエイティビティを発揮できると思っています。その時間で自分の感性を表現できる人が増えたら個人がより輝ける未来になるのでは無いかと思っています。

(筆者)

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Ukyomas

Webデザイナー、振り付け師、ミニマリスト。人生の余白を作り、個人がストレス無く生活して自由に創造できる未来を目指している。

筆者について